【キングダム】楊端和は実在した?史実では男だった!?

キングダム

大人気漫画の「キングダム」人気の勢いが止まらないですね。そのキングダムの作中に出てくるひときわ目立つ山の民の王の『楊端和』っていますよね。

むさくるしい変な面をつけている野獣のような戦闘集団の山の民をまとめ上げている山界の死王と呼ばれている美女として描かれていますよね。

そんな『楊端和』って中国史の中で実在したのでしょうか?こんな美女が本当に武将として中国史の中で活躍していたのか史実を元に調べてみました。

今回は

『【キングダム】楊端和は実在した?史実では男だった!?』

というお題で進めていきたいと思います。

楊端和は史実上で存在したのか?

楊端和は史実上で実在・存在していたのか? すごく気になるところですよね?史実を元にひも解いていきます。
実際に「楊端和」という存在は中国史実の中に存在しています

史実に書かれている内容によりますと、

経歴は9年ほどでありかなり短いです。その間「魏に攻め込む」、「趙に攻め込む」などの手柄を上げていると記されています。

この手柄のおかげかはわかりませんが「紀元前3世紀に秦王・政(しんおう・せい)の命によって将軍となった」という記録は残されています。

楊端和は史実上いつまで活躍していたのか?

楊端和は史実では存在していたことはわかりましたが、いったいいつごろまで活躍していた武将なのでしょうか?そこについて調べていきます。

楊端和が史実上で登場している期間は紀元前229年までです。秦によって中華統一がされたのは紀元前221年ですので秦の中華統一から8年前くらいに消えてしまっています。 おそらくそのころに戦死したのではないかと思います。

ちなみに楊端和の史実上最後と思われる活躍は

「紀元前229年に河内の兵を率いて趙の首都の邯鄲(かんたん)を囲みました。その翌年に王翦(おうせん)と羌瘣(きょうかい)が趙を平定した」

これが史実による楊端和の最後となっている記述です。

楊端和は史実では男だった!?

この見出しを見て 「はぁ?」ってなった人多いかも知れないですね。w
そりゃ「キングダム」の作品上では楊端和はかなりの美女として描かれていますしネット上でも「かわいい」とかなり言われているキャラクターですもんね。

しかし、真実とは残酷なものでありまして史実上で楊端和は男です!!!

史実の楊端和は紀元前3世紀に秦王政(せい)に仕えた将軍であって女性ではなく男だったみたいですね。結構がっかりした人も多いでしょうねw

ちなみにキングダムで出てくる「山の民」の存在も史実上では存在していないっぽいですね。

作者の楊端和の㊙エピソード

キングダム楊端和には何やら気になる逸話があるらしいのです。

キングダムの作者の「原先生」いわく、楊端和は最初『』のモデルで行こうとしていたそうなんです!

しかも男は男でもおじいさんキャラの設定だったそうですよ。

おじいさんの孫娘に陽端和がいる予定だったのですが、連載していくうちに「その二段構図はいらない」と思い始めて孫娘がそのまま陽端和になったそうです。

もともと「原先生」は羌瘣(きょうかい)とは違うタイプの女性キャラを入れたかったらしいのでこの美女版楊端和がうまれたんでしょうね。

ちなみに「原先生」は楊端和を書くときはキングダムの作品中で一番の美女を書くつもりで描いているそうですよ。ww 本人もそれにはかなり疲れてしまうとおっしゃっていました。w

まとめ

いかがでしたでしょうか?今回は『【キングダム】楊端和は実在した?史実では男だった!?』というお題で進めていきましたがまさか作品中の美女である『楊端和が男であった』にはかなり衝撃が走りましたよね。

しかも作者の最初の楊端和の構想も「おじいさんキャラ」だったにもかなりびっくりしましたが。w このような情報も含めてこれからのキングダムを見ていくのも面白いかもしれませんね。

お忙しい中最後まで読んでいただきありがとうございましたm(__)m

 

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